素顔のわたしでラク~に生きる、クリスチャン心理カウンセラーの愛夫家(あいふか)りおです。
前回は、自己肯定感とはどんな感覚か?を明らかにしながら、
・自己肯定感を上げるには「感情」が大切であること
・中でも「好き」という「感情」に注目すると良いよ!
というお話をしました。
今回は、「自己肯定感を高めるヒント」の第2回。
自己肯定感についての前回のおさらいと補足、そして、様々な「好き」を自由に感じるためにはどうしたらいいか?を
・「好き」への思い込みを外す
・完璧主義・正解主義を手放す
・罪悪感をゆるす
という流れでお話します。
「今の自分をありのまま受け入れる」ということ
前回、自己肯定感とは、「今の自分をそのまま、ありのままに受け入れ」て、「自分は自分で良い」と感じられる感覚のこと、と学びました。
さらに、「そのまま、ありのまま」に受け入れる「今の自分」とは何なのか、をもう少し補足すると、
・ 今の自分のできること・できないこと
・ 今の自分の資質や体のこと
・ 今の自分が選んでいる行動・態度
・ 今の自分の置かれている状況・状態
・ 今の自分が考えている思考
・ 今の自分が感じている感情
などといった、今の自分の「すべて」を指します。
これらの「今の自分のすべて」に対して、「それでもいいんだよ」と思えた*1とき、心がふっと楽になり、自然体でいられる感覚が生まれます。
これが、自己肯定の感覚(自己肯定感)です。
そして、「自分は自分で良い」と自然に感じられて、なんだかいい気分だなと感じられる状態を、自己肯定感の高い状態と言います。
自分で自分の機嫌を取れている状態ですね。
このように、自己肯定感は「感情」「感覚」です。
また、「好き」も「感情」「感覚」です。
そしてどちらも、「いい気分」を感じさせてくれるものです。
ですから、「好き」という感情に気づき、その感情を受け入れ、肯定することで、自己肯定感の高い状態にまで最速で行ってしまおうぜ!というのが、このシリーズの狙いです。
(今は「感情」と「感覚」を厳密には区別しないでお話するよ。)
というわけで、前回は、自分の「好きなこと、心地良いこと、自分がわくわくすること、笑顔になれること」を、年齢×10コ、見つけてみよう!というワークを提案しました。
やってみて、いかがだったでしょうか?
もし、やってみて難しかったり、疑問に感じることがあれば、お問い合わせなどで教えてくださいね。
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「好き」には濃淡・強弱・様々な大きさやカタチがある
「好き」という感覚や感情には、強い、弱い、高い、低い、があります。
また、「好き」という感覚や感情には、濃さや薄さ、色もあります。
熱い想い、淡い恋、ハイテンション、ブルー、のようなものです。
ほかに、たとえば、西城秀樹さんの『傷だらけのローラ』という歌には、濃厚で熱烈で強烈な「好き」がある、という感じがします。
(たとえが昭和じゃね。動画で確認してみて。
ちびまる子ちゃんのお姉さんが、どれくらい熱狂的なファンだったかも想像できるかもしれん。)
また、松田聖子さんの「好き」は、「ビビビッ」と来る、直感的で鋭い「好き」と言えるかもしれません。
(読者の皆さん。最近の例があったら教えて…。)
ほかにも、
静かな「好き」、穏やかな「好き」、ほのかな「好き」、ささやかな「好き」、なんとなく「好き」、よく分からんけど「好き」、素直な「好き」、純粋な「好き」、しっとりした「好き」、あたたかい「好き」、じんわりとした「好き」、軽やかな「好き」、燃えるような「好き」、泣けるほどの「好き」、胸を締め付けるような「好き」、などなど
様々な「好き」があります。
また、「好き」には、
・ 「好き」だから出来なくちゃいけない
・ 「好き」なら詳しくないといけない
・ ちゃんとできたら「好き」と言っていい
・ すごく好きなら「好き」と言っていい
などの、ルールはありません。
「そんなの分かり切っとる!」
そう思いますよね。
(広島弁では思わんかもしれんけど。)
わたしもそう思っていました。
けれども、かつてはわたしもやっていて、今でもよく耳にするのは、次のような話し方です。
人とのコミュニケーションの中で、自分のことをより詳しく知ってもらうために説明することそのものは、良いことだと思います。
ただ、もし、自分の「好き」という感情に、自分で何か条件や制限を設けているのだとしたら、どうでしょうか。
それは、
「こんな自分では、『好き』と言ってはいけない」
という自己否定に繋がるかもしれません。
または、
「こんな自分が『好き』と言うなんて、恥ずかしい」
という自己嫌悪に繋がるかもしれません。
そして、そのように自分の感じている「好き」という感情を否定し嫌悪することは、自己肯定感を下げることにも繋がっていきます。
せっかくの、自己肯定感を高く持つチャンスを逃してしまうのは、もったいない。
でもそれ以上に、なんだかとても悲しく切なく、寂しい感じもしてきます。
「好き」にはルールも理由もいらない
わたし自身も、
「何が好きですか?」
と聞かれると、
「小さい頃から高校生の終わりまでエレクトーンを習ってたんですよ。
でも、好きといっても、もう全然、弾けないんですけどね。」
と答えることが多かったです。
そう答えて、
「あぁ、言うんじゃなかった」
というなんだかザラザラした気持ちになっていました。
そんな自分と向き合って気づかされたのは、
「好きといっても、もう全然、弾けないんですけど」
という自己防御、自己正当化は、
『もう弾けないのに「好き」だと言って、なんておこがましい。
身の程知らずのわたしを許してください』
という、罪悪感*2のなせるわざだということでした。
このように、「好き」に条件や制限をつけてしまったり、ルールから外れると罪悪感を感じてしまったりするのは、なぜでしょうか。
それは、これまでの人生において、何かそうせざるを得ない理由があって、知らず知らずのうちに、そうなっていることがほとんどです。
(わたしもそうだったよ。)
あるいは、今もまだ、そうせざるを得ない事情がある中を生きていて、心の底では制限から抜け出したいと願っている人もいるかもしれません。
(苦しいね。)
ちゃんと出来るようにならなくては。
もっとしっかりしなくては。
なんで「好き」なのか、はっきりさせないと。
そんなルールが押し寄せて来て、自分の「好き」を不自由にしていると気づいたなら、今日、自由になるチャンス到来です!
ちゃんとした「好き」でなくても大丈夫
「もし、自分が「好き」という感情を自由に感じたら、自分はどんな風になるだろう?」
ということを、ちょっと想像してみてください。
どんな感じでしょうか?
ハラミちゃんのように、「好きのパワーは無限大!」とキラキラした笑顔でピアノを弾いているかな。
藤井聡太さんのように、勝負の場では静かに闘志を燃やし、日常の中では柔和に人と接しているかな。
大谷翔平さんのように、仕事にも人との繋がりにも、あふれる情熱と感謝をもって、幸せに暮らしているかな。
そんな理想を思い描くのは楽しいものです。
けれども、その理想がいつしか、
「まだまだ自分はダメだ」
と、完璧主義*3にはまって自己否定をするものになったり、
「間違わないようにしないとダメだ」
と、正解主義*4にはまって自己嫌悪をするものになってしまったら、それは大変な苦しみです。
また、かつてのわたしのように、「こんな自分には資格がない」「こんなわたしには縁遠い」と、罪悪感によって、自分を不幸へ不幸へと追いやることも、大変な苦しみです。
一生懸命完璧になろうとするのには、何か理由があるのでしょう。
正しさから外れることを許せないのにも、何か理由があるのでしょう。
幸せになってはならないと自分を責めるのにも、何か理由があるのでしょう。
それは、子どもの頃にあったことがきっかけかもしれません。
思春期にあったことが原因かもしれません。
社会人になって会社であったこと、恋愛の中で体験したことが、元になっているのかもしれません。
でも、もし、今日、「好き」という自分の気持ちを押さえつけている不自由さに気づいたなら、もう問題の7割は解決したようなものです*5。
「わたしは、今日まで、一生懸命努力してきました。
一人で苦しみを抱えながら、頑張って来ました。」
「でも、もう、わたしは、ちゃんとしなくてもいい。」
「もう、わたしは、失敗しても、間違えてもいい。」
「もう、わたしは、小さな『好き』も大きな『好き』も、どんな『好き』も、喜んでいい。」
「もう、わたしは、『今の自分のすべて』を『そのまま、ありのままに受け入れ』ます。」
「もう、わたしは、自分のどんな感情をも認めて、ゆるします。」
そうです。
もう、あなたは、幸せになってもいいのです。
一緒に幸せになっていきましょうね。
もし、一人で自分と向き合うには背負っている荷が重すぎる、と感じるときには、どうぞカウンセリングにいらしてくださいね。
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一緒に荷物を下ろしましょう。
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*1:自己受容とは、どんな自分も「それでもいいんだよ」と受け止め、否定や批判をせずに受け入れることです。「それでもいいんだよ」と自分に声をかけることは、自己受容の大切な実践です。
*2:罪悪感とは、「自分が悪い」「自分のせいだ」と感じる心の反応。また、潜在意識の深くに潜んで、自分を罰するように働く心の反応。
*3:完璧主義とは、「100%うまくできなければ価値がない」「失敗してはいけない」という考え方のこと。
*4:正解主義とは、「正しくなければいけない」「間違ったことをしてはいけない」と考えすぎてしまうこと。
*5:根本裕幸著『1日5分、スキマ時間にととのう本』ハーパーコリンズ・ジャパン p.48