素顔のわたしでラク~に生きる!クリスチャン心理カウンセラーの愛夫家りおです。
大学院卒元国語教師のわたしが、あなたの物語を共にたどり、愛と命と光につながるお手伝いをします。

体の症状が伝える心のSOS
右頬の内側をひどく噛んでしまいました。
おかげで、傷が大きな口内炎になっています。
心の世界には、「からだが表している症状と意識の間には関連性があ」る*1という見方があります。
緊張するとお腹が痛くなったり、手のひらに汗をかいたり。
皆さんも、「あぁ、あれか」と思い浮かぶ体験が何かあるのではと思います。
本でも様々な分析が紹介されています*2。
そのように見ると、今回のわたしの症状は、「自分は「生意気すぎる」あるいは「でしゃばりすぎる」と思って、自分自身を攻撃してる」*3のかもしれない、と解釈できそうです。
しかも右側。
男性性が象徴されます。
(男性性とは、積極性や社会性、行動力を象徴するものです)
ここまでくると思い当たる節があります。
今回は、この口内炎をきっかけに、わたし自身の行動や内面と向き合ったプロセス、そしてそれがインナーチャイルドの癒しへとつながった体験をお話しします。
「生意気!」と責める声のルーツは父親?
長い間、わたしは「他人軸」での生き方をしてきました。
人の顔色や、人の意向を大切にしてきたのね。
常に自分は後回しです。
それが思い遣りで、謙虚さで、正しい生き方だと思い込んでいました。
両親の躾もそうでしたし(両親はクリスチャンではないよ)、幼稚園からの学校生活や教会の中でも、そのような在り方が美徳とされていたように感じていました。
その上、父が大変、厳しく、怖い人でした。
何か間違えたら怒られる。
とはいえ、何が間違いなのかよく分からないときもある。
また、わたしのために怒ってるようだけど、そうとも思えないときもある。
だから、父の善意や好意は極力断らない方がいい。
そんな風に、父の様子を伺うので、大変察する能力の高い人間にもなりました。
そんな父に叱られて、最も困惑したのが、
「子供のくせに生意気な!子供は子供らしくしろ!」
というものでした。
「子供のわたし」を演じてきた理由
子供のわたしには、何が子供らしい振る舞いなのか分かりません。
また、父の目から見て、どうすれば子供らしいのかも分かりません。
けれども、怒られるのは怖いし嫌です。
そこで編み出したのは、常に「大人ではない」自分で居ようとする在り方でした。
常に大人と自分を比べて大人のマネをしなければ、怒られる可能性は低くなる、というわけです。
(これは、自分と向き合う中で気づいたわたしの癖よ)
そのために必要なのが、自分で自分を厳しく律することでした。
わたしの頭の片隅では、常に「おまえは生意気だ!子供らしくしろ!」と責め立てる自分がいました。
そうやって、常に「大人」にならないよう、でしゃばらないように、自分で自分を見張ることにしたのでした。
行動を阻む「小さな黒りお」の囁き
今、わたしは、長い引きこもりの期間を経て、また働き出そう、社会に出て人々と繋がろうとし始めたところです。
たくさんの人に与えてもらった愛を、今度はわたしがお返ししていこうと奮い立っています。
そこに現れるのですね。
たくさんの危険からわたしを守ってくれていた、「小さい黒りお」が。
(わたしは、この自己否定や怖れの声を「小さい黒りお」と呼んどるよ。いわゆるエゴの声ね)
「小さい黒りお」は言います。
『大人のマネなんかするな!お前は大人ではないぞ!
大人ぶって働こうとしようものなら、たちまち怒られるぞ!
大人のフリして与えようとするなら、たちまち怒鳴られるぞ!
やめとけ!やめとけ!!』
でもね、今のわたしにはこのエゴの声が、前ほどははっきりと聞えません。
わたしは、今ある自分を随分好きになっています。
そして、心理カウンセラーとして生きていくのだという希望に満ちています。
神様の御心がなりますようにと祈りつつ、神様にすべてを明け渡しながら生きることに深い喜びを感じています。
そうやって、顔をあげて光に目を注いでいるので、闇の声が前ほどはっきり聞こえません。
それでも小さな黒りおエゴは諦めません。
『子供なお前で在り続けなければ、お前は愛されないぞ!
お前は愛されたいのだろう?
なら、父の愛を得たと確信するまで、ずっと子供で居るべきだ!
父に愛され続けるために、ずっと子供で居るべきだ!』
これまでずっとわたしを守ってきたエゴ。
小さな黒りおは、悲しいのです。
『なんで、忘れようとするの?捨てようとするの?
こんなに我慢して、こんなに耐えて、こんなに頑張って来たのに』
と。
過去のわたしを抱きしめ、感謝を伝える
確かに、小さい小さいわたしはとても良く頑張ってきました。
忍耐強く、我慢強く。
それは、ひょうきんで明るく楽しいお父さんの笑顔を、いつも見ていたいと思っていたからです。
お母さんに叱られながらも、小さいわたしや弟たちに、お菓子を1つずつ買ってくれたお父さん。
台風が来ると、新幹線を守るために家を飛び出して、強い風雨の中、命がけで電気作業をしていたお父さん。
そんなお父さんが、いつも幸せであって欲しいと願っていたからです。
「小さな黒りお」エゴは、そのためにずっと、わたしを守り支えてくれていました。
お父さんが笑顔になるために、愛される子供になろうとわたしを応援し続けてくれていました。
でもね。
もう、わたしはいい大人なんだ。
随分、大人になったよ。
半世紀も生きてる!
すごいでしょ。
だからね、
「ありがとう、黒りお。小さなわたし」
そう言って、わたしはあなたを抱きしめるよ。
よく頑張ったね。
もう、幸せになってもいいよ。
これから一緒に、幸せになろうね。
よろしくね。
新しい私で社会へ
わたしの右頬の内側にある、大きな噛み傷。
そこに出来た、大きな口内炎。
もうしばらく痛みは続くでしょう。
けれども、それもあと一週間もすれば、消え去るでしょう。
それはまた、わたしが「生意気!」「でしゃばるな!」と自分を攻撃することを手放していったという証にもなるでしょう。
こうして、体の痛みが現れるたび手放しは進み、「小さなわたし」と「大人のわたし」は一つとなって歩んでいきます。
心理カウンセラーとしてわたしはまだまだだから、「生意気するな!」「でしゃばるな!」と、自分で自分を責める。その必要は、もうありません。
そんな風に自分を脅して、世界から自分を切り離す必要も、もうありません。
わたしは、祈りつつ、わたしの出来る限りを尽くして働きます。
そんな清々しい気持ちで、今日、わたしは皆さんの前にいます。
あなたの「物語」を共にたどる癒しのセッションへ
ここまで「わたしの物語」をたどりながら、似たような経験があるなと感じられた方は、いらっしゃるかしら。
わたし自身、この気づきを通して、心がとても軽くなりました。
内なる自分と再びつながることがもたらしてくれる癒し。
それは、「わたしはわたし、人は人」という自分軸になって地にしっかり足をつけて生きていく力になります。
自分は自分で良いと感じながら生きていくことを、心地良く後押ししてくれます。
それは、とても温かく幸せな気分です。
わたしは、あなたも応援しています。
もしよろしければ、あなたの人生の物語をお話にいらしてくださいね。
そこに流れる様々な感情を、一つ一つ、共に追体験していきましょう。
そして一緒に、「あの日のあなた」を労わり、慰め、抱きしめましょう。
あなたが「自分」との再会を果たし、愛でつながる時、癒しは起こります。
そしてその愛は、あなたの周りの人たちにも広がっていきます。
お待ちしていますね。
愛夫家りお
ご案内
8月のカウンセリング日程です。ご予約受付中です。
【残3枠】7月、アンケートモニターを募集しております。この機会にぜひご利用ください。
*1:出典チャック・スペザーノ/ジェニー・ティスハースト著『こころを癒すと、カラダが癒される』(ヴォイス 2005年)
*2:先に紹介したチャック・スペザーノ博士らの本の他に、ルイーズ・L・ヘイ著『ライフ ヒーリング』(たま出版 2012年)、おのころ心平著『病気は才能』(かんき出版 2011年)などをわたしはよく参考にしています。
*3:チャック・スペザーノ/ジェニー・ティスハースト著『こころを癒すと、カラダが癒される』(ヴォイス 2005年) p.178参照