素顔のわたしでラク~に生きる!クリスチャン心理カウンセラーの愛夫家りおです。
大学院卒・元国語教師のわたしが、あなたの物語を共にたどり、愛と命と光につながるお手伝いをします。
動画公開で見えた“自分”への葛藤
昨夜、根本裕幸師匠のYoutubeチャンネルで、わたしの出演している動画が公開されました。
冒頭の自己紹介から冗長な喋りの自分がいます。
特に、最近は自分自身が2倍速視聴をしていて、それでも遅いなと感じる状態になっていたこともあってか、視聴してる間中、
「イーヤー!」
と善逸ばりの悶絶でした。
質問されてからの答えが長っ!
何を質問されたか忘れてるでしょ!?
とツッコミながら頭を抱えます。
何より一番の気がかりは、
こんなんで、視聴する人達にわたしは何か「与える」ことが出来てるんだろうか…
ということでした。
罪悪感と無価値感に包まれた夜に
わきあがる不安。
押し寄せる罪悪感。
でも、日々自己受容にとりくみ、自分軸で居よう、自己肯定感を高く持とうと意識してきていたからか、そんな負の感覚・感情からの回復も非常に早くなっています。
(割といつも通りに眠れたわ。)
しかも、自己開示もラクになっていて、Xに正直な心境をポストできたりです。
(みんなの「いいね♡」やリプライに慰められ励まされて感謝でした。)
自分に気づいて、自分に寄り添ってあげることは、「自分と繋がること」。
みんなに心を開いて、みんなの力を借りることは、「みんなと繋がること」。
こうして、自分と人と繋がることで、心は癒され、生きる力を回復していくのだなぁということもしみじみ実感した夜でした。
緩やかなつながりの中、見守ってくれたり、そっと応援してくれたりしてくれる皆さんへ、心からのありがとうを。
動画を視聴してくださった皆さん、これから視聴してみようと思ってくださってる皆さん、リアクションをくださった皆さん、ご感想をお寄せくださった皆さん、本当にありがとうございます。
そして、自分ここまでよく頑張ってきたな、そう自分を労うことも忘れずに、ですね。
感謝が心を癒す力になる
それにしても、わたしは―わたしたちは―自己嫌悪や自己否定がとても好きです。
人には、今の自分よりもっと〇〇出来るようになりたい!などの成長意欲があるので、仕方のないことだと思います。
しかも、わたしは弟が2人いて、父は、姉弟を競争させる子育てを好んでいたように思います。
だから一層、成長意欲や向上心は強いかもしれません。
かつ、好奇心が旺盛です!
なので、自分の出来ないことを見つけるとワクワクしながら、あれこれ工夫してみたくなる傾向もあります。
とはいえ、昨夜は痛感しました。
「世界で一番自分のことが嫌いなのは、自分なんだなぁ」と。
でも、そう思えば思うほど、自分と知り合ってくれたり、関わってくれたりする人達が、そんなわたしを赦し愛してくれてることの素晴らしさも、思わずにはおれませんでした。
夫なんて、こんなわたしを毎日毎日、26年間、365日見て聞いてるんですよね!
そう思うと驚愕ですし、感謝も尽きません。
このように、わたしだけでなく、今、生きている人は皆、一人の例外もなく、生きること、存在していることが、丸ごと赦されています。
そして、それは「そのままのあなたでいい」と、愛されている証拠でもあります。
すごい事実です。
素晴らしいなぁとの感謝も尽きません。
感謝がもたらす癒し
翌朝も、
「こんな自分なんて」
と自分の小ささを感じたり、
「それでも、赦されてる」
と自分をとりまく豊かな愛を感じたり、心は行ったり来たりしていました。
あるのは、ただただ「ありがたい」という感覚や、「ありがとう」という温かな気持ちばかりです。
そんな、温かい感謝の気持ちが繰り返されるうちに、無価値感も罪悪感も怖れも、みんな流れ去っていきました。
そして、「わたしはわたしで良い」という喜びがひたひたと心に広がっていきました。
癒し、そして自己充足(自分で自分を満たすこと)は、感謝が核なんだなとも改めて思わされたのでした。
自己受容とは、「ありのままの自分」と出会うこと
自己受容とは、「ありのままの自分」をジャッジすることなく受け入れることです。
「ありのままの自分」とは、客観的に観察される状態や状況のことです。
たとえば、
・わたしははよくしゃべる。
・わたしは一重瞼。
・わたしは会社員。
・わたしは疲れている。
みたいな感じね。
けれども、この事実に気づくことも、認めることも、ましてや赦して自分の中に入れてあげること―それはまるで、好きになったり、ハグするような感覚を持つこと―も、
自己嫌悪や自己否定が強ければ強いほど、本当に難しく感じられます。
それもまた、「そう思うんだね」と認めてあげる—それが、自己受容です。
あなたも、「愛されている自分」に出会えますように
自分に「ある」ものに気づくこと。
そして、自分がそれに対してどう感じているかに関わらず、その感情ごとすべて、丸っと認めてあげること。
自己受容は、そんな「わたしは〇〇だ」という気づきの連続、といってもいいかもしれません。
もし今日、
「自分を大切にはしたいけど、そうはいっても好きにはなれない、赦せない!
恥ずかしい自分になんて気づきたくもないし、向き合いたくもない!
ましてや、受け入れるなんて無理!
でも、なんだか、いつもつらくて、悲しいばかり・・・」
そう感じる人がいたなら、ぜひわたしのところにお話に来てくださいね。
一緒に、一つ一つ丁寧に、「今ここにある自分」を見つけていってあげましょう。
一緒に、一つ一つ丁寧に、「そう感じてもええよ」と声をかけていってあげましょう。
「わたしは、わたしでいい。今のまま赦されていて、愛されている。」
そんな自分に出会うまで、一緒に「自分」を探しに行きましょう。
お待ちしております。
愛夫家りお
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