素顔のわたしでラク~に生きる!クリスチャン心理カウンセラーの愛夫家りおです。
大学院卒・元国語教師のわたしが、「あなたの物語」を共にたどり、愛と命と光につながるお手伝いをします。
あなたに感謝します。/私は畏れ多いほどに/驚くべきものに造り上げられた。/あなたの業は不思議。/私の魂はそれをよく知っている。(旧約聖書「詩編」139:14)
誕生日を祝うことをなぜか遠慮してしまう
あなたは自分の誕生日をどんな風に感じていますか?
それは嬉しい楽しい日でしょうか。
それとも、
祝ってもらうのはなんだか申し訳ない。
そもそも誕生日だと言うのが恥ずかしい。
期待して傷つくのは怖い。
そんな感じのする日でしょうか。
わたしは長いこと、自分の誕生日を誰にも言わない人でした。
今日は、そんなわたしが、
「自分の誕生日会を開くぞ!」
「自分に最高の物を与えるぞ!」
と心に決めて行動を起こしてみたら——というお話です。
バースデーライブなんて恥ずかしい
コロナ禍の頃、あるライブ配信を視ていたときのことです。
ミュージシャンの方がこう話していました。
「自分のバースデーライブなんて恥ずかしくってとんでもない」
わたしは驚きました。
いつもスポットライトを浴びてライブしてるのに!?
バースデーライブはさらに素晴らしいステージになるだけなのに!?
と人には言えるのですが、実はわたしも自分の誕生日会なんて無理だと思う方でした。
フライヤーを作って、集客して、会場を借りて、みんなの前で「今日はわたしの誕生日です!」拍手ー!
想像しただけで無理の100億乗です。
でも。
いつかやれたら素敵だなあと思う自分もいました。
たくさんの笑顔の人に囲まれて、自分もとびっきりの笑顔で笑っている景色って、なんだか素敵です。
なぜ誕生日を隠すようになったのか
「個人情報だから言わない」という理由も、確かにありました。
昔は卒業アルバムに住所も電話番号も載っていたくらい今よりずっと大らかな時代でしたが、その頃から、わたしはそうやって人との距離を取っていました。
なぜ、そこまで自分を守りたかったのでしょうか。
何から自分を守っていたのでしょうか。
嬉しいのに、気が重かった小学生の誕生日会
小学生の頃、仲の良い子たちの誕生日会に招かれることがよくありました。
それでわたしも「誕生日会を開きたい」と母にねだりました。
けれども母は、夕飯の準備をしながら台所に向かったまま、こちらを振り向いてくれません。
無言です。
(記憶は誤っていることも多いそうですが、わたしにはそんな印象が残っています。)
それでも粘って、念願の誕生日会を開くことができました。
わくわくしながら当日を迎えたはず、なのに。
テーブルいっぱいの料理。
次々に手渡されるプレゼント。
それを前に、わたしはだんだん気が重くなっていきました。
田舎に帰省したとき、親戚がこぞってお年玉をくれるあの感じに似ています。
嬉しいはずなのに、それを顔に出してはならないあの感じ。
あるとき、母が小さな声で言ったのです。
「もらった分だけ返さなくちゃいけないんだから!」
ああ、そうなのか。知らなかった。
お年玉は嬉しい。
でも、受け取らない方がいい。
もし受け取ってしまったら親が苦労する。
だから、あまり喜ばない方がいい。
そんな感じで、お友達から誕生日プレゼントを受け取るたびに申し訳なさが増えていきました。
そしてその1回きりで、わたしはもう誕生日会を開きたいと言わなくなりました。
「言わないことが正しい」と言い聞かせた思春期
中学生になると、誕生日のことを誰にも言わなくなりました。
わたしの誕生日は夏休み明けすぐ。
みんな宿題の提出で大わらわ。新学期の学校は落ち着かない雰囲気です。
「こんなときに誕生日なんて言うもんじゃない」
わたしは毎年、そう心の中で自分に言い聞かせていました。
今思うとそれは、
「誰もわたしの誕生日を祝いたいと思うわけがない」
その悪い予想が現実になることを怖れたからかもしれません。
それは思い込みなのですけれども。
高校生になっても頑なにこの自分ルールを守っていました。
その結果、片思いの男の子がわたしの誕生日の日に他の女の子とデートに行くのを目撃してしまったりととても悲しい思いもしてしまいました。
いい感じだったのにそれをぶち壊してしまったのは、距離を取っている自分自身だった――
泣くに泣けない気持ちでした。(切ないなぁ)
自分には価値がない。だから自分の誕生日にも価値がない
こうしてみると、わたしは誕生日を、
・お金をかける価値のないもの
・時間をとってもらう価値のないもの
・お金も時間もかかる迷惑なもの
そんなふうに捉えていたように見えてきます。
何より自分のことを、
・お金や時間をかけてもらう価値がない存在
・プレゼントをもらう資格がない者
・祝福されるわけない人間
そう感じていたみたいです。
これはとても悲しいことです。
裏返すと、そこには、
「母に苦労をかけたくない。」
「友達に無理をさせたくない。」
そんな優しい思い遣り、「愛」があったとも言えます。
けれども、当時のわたしはそんな自分の愛にも気づけないまま、誕生日ごと自分を足蹴にしてしまっていました。
それは、悲しくて孤独な在り方でした。
50歳「誕生日って楽しんでいいんだ」
あれから30年。
(口上が綾小路きみまろさんみたいですね)
わたしは50歳になっていました。
個人情報の扱いを慎重にすべき時代になってきたとはいえ、相変わらず誕生日は誰にも知らせない派のままです。
夫とケーキを食べて、それで十分幸せだと思っていました。
そんなある日、50歳になるミュージシャンの方のバースデーライブの告知が流れてきました。
「行きます!」とリプライする人。
共演者が増えて、どんどん楽しそうに情報更新されていく。
その様子を見てわたしは思いました。
「ああ。自分の誕生日って、こんなふうに思い切り楽しんでいいんだ!」
「一人じゃ無理」なら、みんなを巻き込めばいい
そう気づいたなら善は急げ。
わたしも誕生日会を開くことに決めました。
一緒に心理学を学んでいる仲間を誘ってみよう。
でも怖い!
誰も来てくれないかもしれない。
声をかけられると断りづらくて迷惑かもしれない。
やっぱりやめた方がいいかもしれない。
迷いや弱さがボロボロ出てきます。
でも、わたしは肚を括ったのです!
誘って誰も乗ってくれなかったらそのときはそのとき!
わたしも自分の誕生日を楽しむ!
面白いもので、肚を括ると良い案も浮かぶものです。
主役になるのが怖いなら、みんなに主役になってもらおう。
「みんなの誕生日を一緒に祝う会」にしよう。
「誕生日はもう来たよ」「今月~」「これから!」
そんな仲間と一緒に、まずそれぞれ自分を祝おう。
それから互いに祝い合おう。
そういう食事会にしよう!
自分に「最高の贈り物」をすることにした
プレゼント交換もいいな。500円くらいのもので。歌いながらグルグル手渡して回していくアレ楽しそう。
でも、そこまで提案する勇気は出ませんでした。
「みんなにお金を使わせるのは…」
「無理させるようで…」
ひらめいた!とわくわくすると次の瞬間、申し訳なさが波のように押し寄せてきます。
そんな波にもまれながら、わたしはまず自分に最高の贈り物をすることにしました。
「わたしは価値のある人間なので、価値のあるものがふさわしい」作戦で無価値感を癒し、自分に「最高の贈り物」という愛を送って罪悪感を溶かしていくわけです。
さて、「最高の贈り物」って何かな。
そのとき思い出したのが、(心理カウンセラーの根本裕幸さんの)お弟子同期の仲間akoさんでした。
わたしはずっと、自分がブルベかイエベか知りたかったのですが、診断を受けることには二の足を踏んでいました。
そんなとき、お弟子仲間にパーソナルスタイリストのakoさんが居ると知りました。
しかもakoさんは、わたしの目には「美しくて強くてカッコイイ人」。
夢を叶えたいと思ったら、そのような人の近くへ!
でも、そう憧れるからこそ逃げ出したい気持ちがむくむくと湧いてきます。
でも、もう決めたのです。
近づくべし!
(よっ肚括り侍!さすが自武女!)
こうして、「自分への最高の贈り物」、パーソナルカラー診断・骨格診断・顔タイプ診断のトータル診断を申し込むこととなりました。
東京へ。和やかなサロンの空気
当日は8人ほどが集まる予定に。
当初の予定では食事会で誕生会が、「akoさんの診断を見学するツアーdeお祝い」になりました。
お弟子6期は講座が全編オンラインだったので、初めて実際に会うメンバーもいます。
ドキドキしながら東京へ。
新幹線の往復の旅も「自分への最高の贈り物」です。
と気合が入りすぎたのか、蓋を開けたカップコーヒーにひらひらした白シャツの袖口を浸すという悲劇勃発。
そんなこんなをグループにメッセージするのも、奇をてらっているようで自己嫌悪死しそうになったり。
浮いたり沈んだりしながら現地へ向かいました。
(「それもわたし。しゃーない」自己受容ですね!)
当日は台風の影響もほとんどなく、暑さもしのぎやすいお天気。
正午頃、akoさんのサロンに到着です。
みんなで持ち寄ったお土産を開いたり、飲み物を準備したり。
サロンにはゆったり心地よい空気が流れていました。


まさかのブルベ。パープルでほどける鎖
わたしは長い間、「イエベだからパープルは無理」と思っていました。
ブルベと言えばクールビューティーというイメージもあって「そんな女性像とは無縁だし」当然くらいに思い込んでいました。

でも、胸元にパープルの布を当てると顔色がぱっと明るく見えます。
お肌の透明感も増して美しい。
自分でも確かにそうだと思えたほどでした。
(色んな色を合わせてもらったよ)

結果はまさかのブルベ!
つまり、「パープルは無理」は見当違いな思い込みだったのでした。
それにしてもなぜそんな思い込みをしたのでしょうか?
この思い込みの元をたどると悲しい出来事が思い出されました。
20代の頃のことです。
研究室旅行の写真を見た母が、
「あなた、すごいわね」
と言いました。
写真に写っているわたしは、紫みの強いピンクの口紅。巻いた髪。
母の声音は、
「はしたない」
「みっともない」
そんな非難に感じられました。
以来、紫みの強い口紅は似合わない。それどころかみっともない。
そう思い込んで、つけてはならないという自分ルールにしていたのでした。
でも、鏡の中のわたしは血色がよくて肌がきれい。
akoさんの、さりげなくも迷いのない「いいね」という言葉。
それを聞いて、「似合う」ってこういうことなんだ!と驚くと同時に、自分を縛っていた鎖が、じゃらじゃらほどけていく感じがしました。
ブルベの口紅、はよ買わねば!
その後も、顔タイプ診断を受けながら、
「1つ年下の女の子に『りおちゃん見てさー、二十歳になってもたいしたことないんだなーって思った』って言われたことあって~」「わたし童顔だから子どもっぽいからだなーと」
なんてことを話していたのですが、
「それって顔のことじゃなくね?」
とのakoさんの言葉にハッと気づかされたり。
確かにわたしは「童顔だからいつまでも子どもっぽいねー」と誰からも一度も言われたことが無かったのです!
しかも、わたしに瓜二つの3歳くらい年上のいとこを見て、「大人っぽくてきれいだなぁ」と思ったことがあったことも思い出しました。
(年上なのと、わたしよりもずっと背が高かったのとで、「自分とは全然違う」と思ったままでした!)
思い込みってすごいですね。
いつからなのか、わたしは鏡を見るたびに「全然大人っぽくない」「クールビューティーには程遠い」「童顔、童顔」「子どもっぽい」と自分に暗示をかけていたのでした。
いや、呪いをかけていたと言うべきかな。
そんな呪縛もどんどん解けていきました。
わたしって実はとっても素敵かも!
「元ひきこもりとは思えない筋肉!」
骨格診断では、エガちゃんのようなスパッツ姿に変身。

仲間がこちらをのぞき見しながら言います。
「元ひきこもりとは思えない筋肉!!」
なるほど。言われてみれば、なかなか健康的な感じです。
引きこもり時代以降、家計の主導権が夫に移り、買い物も夫がしてくれる暮らしになりました。
だから、せめて少しは動こうと、掃除やTVのついでに、ながら筋トレをしていました。
腕、脚、ヒップ。30秒ずつ。気づけば毎日。
でも、わたしはそれを「何もやってない」扱いにしていました。
罪滅ぼしは「やったこと」にカウントされないというわけです。
ところが仲間の目には「何かやってる」と映ってる。
ながら筋トレっぽいことやってる説明をすると、「その『最低限』がもうムリ」と言われるレベルで。
つまり、わたしはちゃんと何かを頑張っていたわけです。
でもその事実に気づけなかった。
みんなの言葉で、「わたし、頑張ってるんだ…」とやっと受け取れたのでした。
誰かとつながると、こうして自分のことが色々知ることができて本当に楽しいですね。
しかも、安心安全な場所でだと、その喜びを共に分かち合うこともできて、「わたしは自わたしで大丈夫」と元気が湧いてきます。
本当に幸せな体験でした。
(akoさん、みんな、ありがとうございましたー!)

誕生日は「自分を祝う許可」を出す日
「自分の誕生日を、たっぷり十分に楽しんでみる」
今回、わたしはその体験をしました。
数年経った今でも思い出すと思わず笑みがこぼれます。
わたしは長い間、「誕生日は迷惑」「わたしは祝われる価値がない」そう思い込んでいました。
でも、そうじゃなかった。
わたしはもう、自分を祝っていい。
わたしはもう、贈り物―みんなからの愛―を受け取っていい。
わたしはもう、思い切り喜び楽しんでいい。
あなたは自分の誕生日を喜べますか?
もし「祝われるのが申し訳ない」と感じる人がいたら。
「自分なんて」と思ってしまう人がいたら。
その感覚は、あなたが誰かを大事にしてきた証でもあると思います。
遠慮して、空気を読んで、迷惑をかけないようにして。
ただただ、愛を与える側で生きてきたのかもしれません。
誕生日は、そんなあなたが「祝福されている存在」だと再確認する日です。
どうか、まず真っ先に自分から自分へ「おめでとう!」と伝えてみてくださいね。
そして「最高の物」をプレゼントしてあげてくださいね。
もし今、そんな力が出ないほど意気消沈していたり、独りぼっちから抜け出せなくて苦しかったりするようなら、わたしに声をかけてください。
一緒に「祝福されるあなた」を見つけに行きましょう。
そして手をとって共に「今、ここに在る」ことを祝いましょう。
お待ちしていますね。
愛夫家りお
2026年は7/18(土)ケイト・ブッシュ誕生祭へ
自分の誕生日会はハードルが高いなぁと感じる方に朗報です!
2026年7/18(土)静岡県にあるJR弁天島駅近くのライブハウス マルガリータにて、ケイト・ブッシュ誕生祭が開催されます!
(JR浜松駅から15分くらいです。)
ドレスコードは赤色の衣装。コスプレするも良し!みんなでケイト・ブッシュの「嵐が丘」を踊ります。
ケイトの誕生日会に参加して、「誕生日とはこんなに自由に自分らしく過ごしていいんだ!」という体験をしてみるのはいかがでしょうか?
昨年は生バンドの演奏でケイト・ブッシュの歌をステージで歌う時間もありましたよ!
さあこれから、歌の練習、踊りの練習を!そして自分にピッタリフィットする赤いドレスを選びましょう!
靴にベルトにストッキングに赤い口紅も必要かしらね!?
わくわく。お会いできることを楽しみにしています。
詳細はまにぱどめさん(@padmee37)または愛夫家りお(@songrio1)までお問い合わせください。
ありがとうございました💃🏻💃🏻💃🏻
今年も盛り上がりました✨✨✨#嵐が丘の日#嵐が丘の日2025#themostwutheringheightsdayever pic.twitter.com/Zj9ugXqsYR
— まにぱどめ⭐︎公式 (@padmee37) 2025年7月20日
みんながフロアで踊っている様子です。