「応援してる!」と言ってくれてた女性が、なぜか最近冷たい。自分を温かく指導してくれてた女の先生が、なぜか嫌味を言う。
ああ。わたしが悩みを解消して、物事が順調に回り始めた報告をしたからいけなかったのか。ああ。下手くそだったわたしが、上達してしまったからいけなかったのか。
リア充になったからいけなかった。しあわせになってしまったからいけなかった。
まぁね。
わたしが応援してる立場で指導してる立場だったら、嬉しく誇らしいと同時に、羨ましくって嫉妬するって、やっぱりあるだろうなぁなんても思いますよ。
だからって、しあわせになってはいけないと自分をセーブするのは、人生もったいないですよね。
とかなんとかあって、縁が終わってしまった人たちもいれば、お互いに新しいステージにたどり着いて心地良い関係を続けることが出来ている人たちもいます。
それで思うのは、相手が感じている嫉妬などなどは、わたしにはどうにも出来ないけども、嫉妬を招いている原因がわたし自身だとしたら、一体何がそうさせているんだろう?ということです。
これが分かれば、人間関係がいくぶんラクになるよなぁ。
それで早速嫉妬研究。まずは、自分の価値を自分が認めることかー*1。というので、かつて褒められた言葉を一生懸命思い出してはネタ帳に書き、投影の法則を活用して「あの人は優しいよなぁ」なんて思うわたしが優しいのか、ふむふむ「わたしは優しい」とネタ帳に書き、出来上がった一覧を眺めては「そうか。わたしってこんな価値や魅力があるんだ」と、せっせと潜在意識に伝え続けました。
「応援してくれてありがとう!」ってこれまでもちゃんと言って来てたつもり。でも確かに、その前に隠された言葉があるわ。「ダメなわたしを」応援してくれてありがとう。これか!なんて思いつつ、日々コツコツと無価値観を癒して行く取り組みが続きます。
もちろん、「このような小さき者を憐れんでくださるとは、感謝です」が、謙遜であることも事実なんよね。たーだ、行きすぎちゃって、「いやいや!あなたの憐れみは、あなたの素晴らしいお人柄の賜物でして、あなたはその優しさでホントのあたしが見えてないんです!あたしには、あなたの言うような価値も魅力もありません!」と遠慮とみせかけての拒絶をしてしまったら、そりゃぁ「え?あたいはあんたの価値を見たから、すばらしいなぁと褒めたのに、このあたいの目を節穴だというわけ?!ちょっとあんた、何様のつもり?!」となるのも、それはそうで。受け取り拒否は、喧嘩を売ってるようなもんなんだね。
聞こえたかい、潜在意識よ。わたしにはいろんな価値があるのだ。世の平和のためにも、このすばらしき我が価値をしっかり認めるのだぞ。なんて思いながら、「それでも」と思う。
確かに、無価値観ゆえに相手よりも下手に出てしまうのはあるあるなんだけど、これって結構繰り返してるよね。
繰り返してるよね?
ああ、出たよ。繰り返してるってことは、本丸を攻略せよってことだよ。ラスボスおかん登場の合図だよ!であります。
いやですよねぇ。でもね、頑張ってみましょう。
3人姉弟の一番上の子、長女なわたし。弟たちは2歳下、3歳下。父は競争させるのが好きでした。そうやって切磋琢磨させることによって、学力を伸ばしたり、体力をつけたり、させたかったんだろうな。父なりの一生懸命な子育てだったと思います。
何するにもどこ行くにも競争するので、弟たちには喧嘩が絶えませんでした。わたしは、兄弟ってそういうものだと思っていたので、仲の良いよその男の子たちを見かけると不思議な気持ちがしたものです。あそこは特別なんだろうと思っていました。(わたしは、お姉ちゃんだから我慢枠、お姉ちゃんだから特別枠でした。喧嘩にも基本、不参加です。)
週に10日は吞んで帰って来る父。給料日前は、りんごか卵か悩む家計。専業主婦の母は、小さい子ども3人をワンオペで育てていました。紙おむつなんてありません。布おしめを盛大に洗濯する日々。小さい弟たちは目が離せません。離した隙に、お隣とのベランダの仕切りの下の隙間をハイハイで通り抜けて行って、家から居なくなってしまいます。かと思えば、大人しく家に居て、冷蔵庫あけに行ったなーと思ったら、生卵つかんで、そのまま爆弾投下。
しゃべれるようになった上の弟は、何でも質問。「どちて坊や」だなんて言われて父に喜ばれました。母も父に倣えですから、弟を見て笑顔です。4、5歳のわたしは、「どちて?どちて?」を連呼する弟の様子を見ながら、「そう言えば大人が喜ぶと分かってて調子に乗ってやがる」と感じていました。
わたしが同じことをすると、うるさいと叱られました。というか。
台所で夕飯の支度をしている母のそばにいって「あれって何?」と、テレビで視てわからなかったこと、疑問に思ったことを一生懸命尋ねても、振り向いてもらえませんでした。
水の音で聞こえなかったんだろう。そう思っていました。
でもね。たぶん違ったんです。ちゃんと聞こえていたんです。でもね、答えたくなかったんです。話したくなかったんです。
記憶なんて怪しいものだから、わたしの勘違いかもしれない可能性は十分にあります。でもね、思い当たることが他にもあるのね。
母は大変でした。ベビーブーム世代ということもあって社宅アパートには小さな子どもを抱えるお母さんたちがたくさんいたけど、故郷親族友人知人から遠く離れた土地で、何かとキレやすい夫の後ろを3歩下がってついて行く暮らし。結婚したら月に1度は外食したいなんて夢もはかなく散り。誰か頼れる人、話せる人おったん?!
当たれるとしたら、わたしくらいだったよね。同じ女性でありながら、わたしは小さくて頼りにならないだけではなく、夫に、舐めるように可愛がられてる。長女だからって、最初に生まれたからって、一人娘だからって、小さいからって、夫に優遇されてる。
たぶん、腹も立っただろうなぁと思います。だって、母は次女の中間子。お姉さんは、おばあちゃんと大喧嘩の大恋愛の末、地元農家へ嫁に。母は、高校を出て就職してすぐ、お見合いして結婚、転居。弟は、後継ぎ長男の一人息子。大学へも進学してお給料のいい地元銀行に就職。
母は、いい子にするだとか、期待に応えるだとか、我慢するだとかを、ものすごく頑張って来た上に、さらに、夫に従う良い妻を、良い母を、頑張っていたんじゃないかと思うのです。
だとしたら、腹も立つよね。寂しいし、悲しいし、しんどいし。
当たれるとしたら、わたしくらいだったよね。
でもまぁ、当時のわたしには、そんなこと全くわかりません。なんとか母に振り向いてもらおうと一生懸命です(たぶんね)。
そっかぁ、だからか、と思うのです。
わたしのことを応援してくれる女性に対して、わたしは、まるで小さいわたしが母を見上げるかのように見上げて、「一生懸命頑張ってるでしょ!褒めて!」と接してしまうのだなぁ。女性の先生ともなれば権威ですから、まさに見上げて「一生懸命頑張ってるでしょ!お母さん、褒めて!」になってしまうのだろうなぁ。
そうやって、わたしは必死に、あのとき届かなかった声を、お母さんに届けようとしてる。届けば、もう寂しくない。もう悲しくない。そうしたらきっと、わたしはもう大丈夫。
そんな小さくて一生懸命で愛らしいオーラを放ってるわたしは、相手の母性も刺激しているかもしれません。よっしゃ!頑張ってるこの子を、わたしが守る!わたしが育てる!と。わたしは、あっという間に相手を「母」(あるいは「姉」)に仕立て上げてしまうのですね。
対等な大人の女性同士のはずなのに、知らず知らずのうちに母娘の関係にスライドしていってしまう。すると、母子癒着に似た同一視も起こりがちかもしれません。そうであれば、わたしが立派に育って「一人でできるもん!」と自立してしまうと、なんだか寂しい気分にもなるでしょう。親子でも姉妹でも恋人でもないのに。それは明らかに分かってるから、「ヤダわたし何コレ?!執着?!嫉妬?!」と混乱してイヤになっちゃう。
結果、冷たく当たったり、嫌味を言ってしまったりするわけです。
母に、「娘らしくなくてカワイクない」「〇ちゃんは娘さんらしくてカワイイのに」「あんたは外面だけはいいのね」と言われたパターンを、繰り返すって塩梅です。
わたしは母のそんな話を聞きながら、「えー!なにそれ!知らんよ。あんたたちがそう育てたんでしょうが」と思っていました。言い返すことって、しそうなキャラのわたしなんだけど、してこなかったなぁ。ただ不機嫌になるだけ。
弟たちも家を出て行って、父も単身赴任、わたしも忙しくしててほとんど家に居なかったから、母は、「わたしって何?」と無価値観大爆発だっただろうし、自由なわたしへの嫉妬もモリモリだったでしょう。かといって、わたしは母にあれこれ世話してもらうのはイヤでした。弟たちにはそれでよかっただろうけど、何をいまさらわたしがそうされなきゃいけないんだ。やめてくれ。そのかわり、あなたはとても気の毒だから、わたしはあなたを責めないよ。だから許してね。いや、あんたなんか知らん。
そんなふうに知らんふりをきめこんで、傷ついた自分にも気づかないでいました。
こいつかー。同性との人間関係において、こーんな複雑怪奇な母への想いを放ちながら居たら、そりゃぁ嫉妬も癒着も執着も不仲も呼び寄せるし繰り返すわ!
だから、近寄れなかったのよねぇ。親密になるのは怖かったのよねぇ。同性は怖かったのよねぇ。
というわけで、「わたしはわたし、母は母」「母は自分の人生を切り拓いて生きていてしあわせだ」というアファメーションをぶつぶつ唱える日々が始まりました。かつ、母に愛された証拠探し。ネタ帳にストックしては「世話になったよなぁ…愛されてたってことかぁ…」なんてこそばゆく思う日々です。でもまだ、ドガァと怒りが爆発しそうにもなるよ。
ともあれ。
「わたしはわたし」という自分軸に立ち、自分にある魅力や価値を認め、わたしは愛されてるよと声をかけながらそれを十分に受け取り、小さなわたしの悲しみを抱きしめ、青年壮年のわたしの悲しみに寄り添い、母の人生を感情的にたどりながら、母を許し手放していく。
この癒しが進めば進むほど、わたしは、わたしを応援してくれる女性と対等に接する中で「ありがとう!」と言えるようになるだろう。わたしは、わたしを教え導いてくれる女性と、互いを尊重し合いながら、成長を喜びあえるだろう。
そして。根本さんのお弟子制度に集まって来たたーっくさんの同性の皆さんとも、先輩の皆さんとも、安心して仲良くできるだろう(震え声)。
大丈夫。なるようになりますって。
しかし。もし仮に、ラスボスおかんシステムが発動して、見事、その型に嵌ってしまった(嵌められてしまった)ラッキーな方が起こってしまいましたら!その時はホントごめんなさい!先に謝っておきます!
願わくば、お互いに「やられましたな」とか言いながら健闘をたたえ合い、ノーサイド、相互依存への第一歩を踏み出すということで。。その時には、仲良く一緒にお茶が出来ますように。。