カウンセラーりおのブログ

ゆるせないったらありゃしない!?

生きづらさを抱えているあなたへ。大丈夫。あなたは、あなたの人生のゲームチェンジャーになれる!~死から生への大変革~

皆さんこんにちは。

新しい自分を再創造、自分を許して自分を満たそう、日々是自己充足(にちにちこれじこじゅうそく)、カウンセラーの「ゲームチェンジャー」りおです。

只今、Myプロフィールを準備中。キャッチフレーズをつけてみたのですが、絶賛模索中思案中。はやる気持ちをおさえつつ、おいおい何かしらが定着していくとのんびり構えているのですが、きっとこのあたりだよなぁと感じる今日この頃でもあります。

というのも。

十数余年に渡る引きこもりの、朝も夜も風呂も歯磨きもない生活から、まるで小さな子どものように一日のスケジュールを再構築したあの遠い日々。

一つ一つ実践していくのは、自分の育てなおしのようで、骨が折れました。

また、働かざるもの食うべからず!に代表される「こんな自分じゃダメだ!」とわたしがわたしを叱咤する生活から、自分を許しまくる生活にチェンジしたあの遠い日々。

慣れてないと、すぐに内なる鬼軍曹が鞭をふるうんですよね、なだめるのは大変でした。

そして。

誰かわたしの寂しさを癒して!誰かわたしの物足りなさを満たして!誰かわたしに癒しを、慰めを、愛を与えて!と夜の街々を徘徊し、知らない男の人へついていったあの暗い暗い日々。

結果は散々。誰もわたしを満たし得ない。内に残るは虚しさばかり。募る思いは自己嫌悪ばかり。

わたしの「心」には、誰の手も届かない。

だからわたしは、哀しみながら思いました。

もう生きていても仕方がない。

そこでわたしは、迷惑をかけずに死ぬ方法を色々探しました*1。けれども、死んだあとの自分を自分でなんとかする方法は、なかなか見つかりません。

引きこもりも激しさの度合いを増し、トイレや食事以外ほぼ布団に寝たきりになると、腕や脚もこわばって体中が痛くてたまらず、さらに身動きがとれなくなりました。

こうなると、迷惑をかけずに死ぬ方法をどんなに考えても、実行することができません。そればかりか、「お腹すいたなぁ」なんて思う始末。死にたいほど苦しい、もう自分には生きている価値もないから死にたい、そう強く願っているはずなのに、お腹がすいたなぁだなんて!まだ生きようとするだなんて!わたしは、ホントは生きてたいの!?

悲しくて惨めで、こわばった体の痛みに耐えながら、泣きました。

死ねない。

わたしは、死ぬことをあきらめました。そして、「何のビジョンもないまま、無駄に食べて消費するだけの存在のまま、籠の鳥のような人生で終わるかもしれないけど、生きよう。夫には迷惑をかけるばかりで申し訳ないけど」と、とても後ろ向きでしたが、生きることを選び始めました。

それからしばらくしたある日、玄関先で、羽がボロボロのクロアゲハを見かけました。大きくてうつくしかったであろう羽は見るも無残で、もう高く飛ぶことも出来ないだろうと思われました。

可哀そうに。待っているのは死ばかりだ。

けれどもクロアゲハは、必死に羽を羽ばたかせていました。それはまるで、「死」というものが存在しないかのように。

彼女のその姿は、生物であるなら「生きる」ことは当然であり、最後の瞬間まで「生」に向かうこと、それが「命」である!と高らかに宣言しているように見えました。

そうか。だからわたしは生きるのか。

生きよう。よくわからないし、どうなるのかもわからないけど、わたしは「生きる」ことを選び続けよう。

そう心を決めたとき、不思議なことが起こり始めました。

カウンセラーの根本さんのブログ*2を知ったこともその一つです。グーグルのおすすめ一覧に出て来た記事を、最初は、質問者の恋愛エピソードや、その分析が面白くて読んでいました。

毎日配信されて、毎日読んでいるうちに「あれ?これってわたしに必要なことじゃない?」と気づくことが増えて、ワークへの取り組みも増えていきました。

そうだ。わたしは、自分自身で、わたしの身の回りを、わたしの「好き」で満たそう。

わたしは、わたしの「今」を、わたしの「好き」で居心地良くしよう。

そして、もっとしっかり「受け取ろう」。コンビニの店員さん、わたしに、優しくレシートを渡してくれて「ありがとう」。夫よ、「わたしのために」稼いで来てくれて「ありがとう」。

ほらね「わたしは愛されてる」ね!、そう自分に伝えよう。

こうして知った、自己充足。それがもたらす豊かな実り。

それは、「今」を生きる、地に足のついた暮らし。自分に居心地のいい、自分がご機嫌になれる日々。「わたしはわたし」「あなたはあなた」の世界が大切に守られ、お互いの世界を温かく行き来できるしあわせなパートナーシップ。わたしはたくさんの人に愛されていたと気づける、穏やかで平和な世界。そこに生きることが出来たなら、新しい自分へ挑戦する勇気だって湧いて来る。そんな、希望に満ちた世界。

どんな自分をも許し、自分を満たすことが出来れば、人は、新しい自分を生きることが出来る。そしてそれは、まるでゲームを楽しむかのように、日々のささやかなことから始めることが出来る。

わたしは今、それをしみじみ実感しています。

ちょっとやそっとではどうにもならない深い深い闇、書き直せない事実、取り消せない傷みもまた、あります。それでも生きていかなくちゃいけないだなんて、人生は過酷だとも感じられます。

わたしにとっては、幼い日よりの、両親からの「虐待」がそうでした。

生きづらさを抱えている人、今の自分では、もうにっちもさっちもいかなくてお手上げだと、生きるにことに疲れてしまっている人。

そんなあなたの目の前を、時計を気にしながら駆け抜けていく、チョッキを着た白うさぎがいます。

さあ、追いかけて!

大丈夫。今日あなたはアリスになって、うさぎを追いかけて、うさぎの穴へ飛び込むことが出来ます!

そうすれば、あなたも今日から、あなたの人生のゲームチェンジャーになれます!自分の人生の大変革者になれます!

大丈夫。わたしもいるからね。そのために今、一生懸命、カウンセラーの根本さんの元で、武者修行をしています*3

わたしは、自分が体験経験してきたありったけと、今持てる力やエネルギーを総動員して、生きることへ舵を切ったあなたを応援したい。

心地良い距離感で。安心できる雰囲気の中で。

そんなわたしになれますように。そんなわたしに、わたしはなります。

大丈夫。ゆっくりゆっくり、共に歩いていきましょう。光はあります。

いつもあなたと共に、あなたのそばに。カウンセラーりお。



※根本裕幸の「お弟子さん制度」を卒業したカウンセラーがあなたの相談にお答えします。「ココロノマルシェ: オンラインカウンセリング無料相談」はこちら。cocoro-marche.com



同性同士の人間関係がつらいのは、わたしの場合、そのベースにラスボスおかんが潜んでいたから。

「応援してる!」と言ってくれてた女性が、なぜか最近冷たい。自分を温かく指導してくれてた女の先生が、なぜか嫌味を言う。

ああ。わたしが悩みを解消して、物事が順調に回り始めた報告をしたからいけなかったのか。ああ。下手くそだったわたしが、上達してしまったからいけなかったのか。

リア充になったからいけなかった。しあわせになってしまったからいけなかった。

まぁね。

わたしが応援してる立場で指導してる立場だったら、嬉しく誇らしいと同時に、羨ましくって嫉妬するって、やっぱりあるだろうなぁなんても思いますよ。

だからって、しあわせになってはいけないと自分をセーブするのは、人生もったいないですよね。

とかなんとかあって、縁が終わってしまった人たちもいれば、お互いに新しいステージにたどり着いて心地良い関係を続けることが出来ている人たちもいます。

それで思うのは、相手が感じている嫉妬などなどは、わたしにはどうにも出来ないけども、嫉妬を招いている原因がわたし自身だとしたら、一体何がそうさせているんだろう?ということです。

これが分かれば、人間関係がいくぶんラクになるよなぁ。

それで早速嫉妬研究。まずは、自分の価値を自分が認めることかー*1。というので、かつて褒められた言葉を一生懸命思い出してはネタ帳に書き、投影の法則を活用して「あの人は優しいよなぁ」なんて思うわたしが優しいのか、ふむふむ「わたしは優しい」とネタ帳に書き、出来上がった一覧を眺めては「そうか。わたしってこんな価値や魅力があるんだ」と、せっせと潜在意識に伝え続けました。

「応援してくれてありがとう!」ってこれまでもちゃんと言って来てたつもり。でも確かに、その前に隠された言葉があるわ。「ダメなわたしを」応援してくれてありがとう。これか!なんて思いつつ、日々コツコツと無価値観を癒して行く取り組みが続きます。

もちろん、「このような小さき者を憐れんでくださるとは、感謝です」が、謙遜であることも事実なんよね。たーだ、行きすぎちゃって、「いやいや!あなたの憐れみは、あなたの素晴らしいお人柄の賜物でして、あなたはその優しさでホントのあたしが見えてないんです!あたしには、あなたの言うような価値も魅力もありません!」と遠慮とみせかけての拒絶をしてしまったら、そりゃぁ「え?あたいはあんたの価値を見たから、すばらしいなぁと褒めたのに、このあたいの目を節穴だというわけ?!ちょっとあんた、何様のつもり?!」となるのも、それはそうで。受け取り拒否は、喧嘩を売ってるようなもんなんだね。

聞こえたかい、潜在意識よ。わたしにはいろんな価値があるのだ。世の平和のためにも、このすばらしき我が価値をしっかり認めるのだぞ。なんて思いながら、「それでも」と思う。

確かに、無価値観ゆえに相手よりも下手に出てしまうのはあるあるなんだけど、これって結構繰り返してるよね。

繰り返してるよね?

ああ、出たよ。繰り返してるってことは、本丸を攻略せよってことだよ。ラスボスおかん登場の合図だよ!であります。

いやですよねぇ。でもね、頑張ってみましょう。

3人姉弟の一番上の子、長女なわたし。弟たちは2歳下、3歳下。父は競争させるのが好きでした。そうやって切磋琢磨させることによって、学力を伸ばしたり、体力をつけたり、させたかったんだろうな。父なりの一生懸命な子育てだったと思います。

何するにもどこ行くにも競争するので、弟たちには喧嘩が絶えませんでした。わたしは、兄弟ってそういうものだと思っていたので、仲の良いよその男の子たちを見かけると不思議な気持ちがしたものです。あそこは特別なんだろうと思っていました。(わたしは、お姉ちゃんだから我慢枠、お姉ちゃんだから特別枠でした。喧嘩にも基本、不参加です。)

週に10日は吞んで帰って来る父。給料日前は、りんごか卵か悩む家計。専業主婦の母は、小さい子ども3人をワンオペで育てていました。紙おむつなんてありません。布おしめを盛大に洗濯する日々。小さい弟たちは目が離せません。離した隙に、お隣とのベランダの仕切りの下の隙間をハイハイで通り抜けて行って、家から居なくなってしまいます。かと思えば、大人しく家に居て、冷蔵庫あけに行ったなーと思ったら、生卵つかんで、そのまま爆弾投下。

しゃべれるようになった上の弟は、何でも質問。「どちて坊や」だなんて言われて父に喜ばれました。母も父に倣えですから、弟を見て笑顔です。4、5歳のわたしは、「どちて?どちて?」を連呼する弟の様子を見ながら、「そう言えば大人が喜ぶと分かってて調子に乗ってやがる」と感じていました。

わたしが同じことをすると、うるさいと叱られました。というか。

台所で夕飯の支度をしている母のそばにいって「あれって何?」と、テレビで視てわからなかったこと、疑問に思ったことを一生懸命尋ねても、振り向いてもらえませんでした。

水の音で聞こえなかったんだろう。そう思っていました。

でもね。たぶん違ったんです。ちゃんと聞こえていたんです。でもね、答えたくなかったんです。話したくなかったんです。

記憶なんて怪しいものだから、わたしの勘違いかもしれない可能性は十分にあります。でもね、思い当たることが他にもあるのね。

母は大変でした。ベビーブーム世代ということもあって社宅アパートには小さな子どもを抱えるお母さんたちがたくさんいたけど、故郷親族友人知人から遠く離れた土地で、何かとキレやすい夫の後ろを3歩下がってついて行く暮らし。結婚したら月に1度は外食したいなんて夢もはかなく散り。誰か頼れる人、話せる人おったん?!

当たれるとしたら、わたしくらいだったよね。同じ女性でありながら、わたしは小さくて頼りにならないだけではなく、夫に、舐めるように可愛がられてる。長女だからって、最初に生まれたからって、一人娘だからって、小さいからって、夫に優遇されてる。

たぶん、腹も立っただろうなぁと思います。だって、母は次女の中間子。お姉さんは、おばあちゃんと大喧嘩の大恋愛の末、地元農家へ嫁に。母は、高校を出て就職してすぐ、お見合いして結婚、転居。弟は、後継ぎ長男の一人息子。大学へも進学してお給料のいい地元銀行に就職。

母は、いい子にするだとか、期待に応えるだとか、我慢するだとかを、ものすごく頑張って来た上に、さらに、夫に従う良い妻を、良い母を、頑張っていたんじゃないかと思うのです。

だとしたら、腹も立つよね。寂しいし、悲しいし、しんどいし。

当たれるとしたら、わたしくらいだったよね。

でもまぁ、当時のわたしには、そんなこと全くわかりません。なんとか母に振り向いてもらおうと一生懸命です(たぶんね)。

そっかぁ、だからか、と思うのです。

わたしのことを応援してくれる女性に対して、わたしは、まるで小さいわたしが母を見上げるかのように見上げて、「一生懸命頑張ってるでしょ!褒めて!」と接してしまうのだなぁ。女性の先生ともなれば権威ですから、まさに見上げて「一生懸命頑張ってるでしょ!お母さん、褒めて!」になってしまうのだろうなぁ。

そうやって、わたしは必死に、あのとき届かなかった声を、お母さんに届けようとしてる。届けば、もう寂しくない。もう悲しくない。そうしたらきっと、わたしはもう大丈夫。

そんな小さくて一生懸命で愛らしいオーラを放ってるわたしは、相手の母性も刺激しているかもしれません。よっしゃ!頑張ってるこの子を、わたしが守る!わたしが育てる!と。わたしは、あっという間に相手を「母」(あるいは「姉」)に仕立て上げてしまうのですね。

対等な大人の女性同士のはずなのに、知らず知らずのうちに母娘の関係にスライドしていってしまう。すると、母子癒着に似た同一視も起こりがちかもしれません。そうであれば、わたしが立派に育って「一人でできるもん!」と自立してしまうと、なんだか寂しい気分にもなるでしょう。親子でも姉妹でも恋人でもないのに。それは明らかに分かってるから、「ヤダわたし何コレ?!執着?!嫉妬?!」と混乱してイヤになっちゃう。

結果、冷たく当たったり、嫌味を言ってしまったりするわけです。

母に、「娘らしくなくてカワイクない」「〇ちゃんは娘さんらしくてカワイイのに」「あんたは外面だけはいいのね」と言われたパターンを、繰り返すって塩梅です。

わたしは母のそんな話を聞きながら、「えー!なにそれ!知らんよ。あんたたちがそう育てたんでしょうが」と思っていました。言い返すことって、しそうなキャラのわたしなんだけど、してこなかったなぁ。ただ不機嫌になるだけ。

弟たちも家を出て行って、父も単身赴任、わたしも忙しくしててほとんど家に居なかったから、母は、「わたしって何?」と無価値観大爆発だっただろうし、自由なわたしへの嫉妬もモリモリだったでしょう。かといって、わたしは母にあれこれ世話してもらうのはイヤでした。弟たちにはそれでよかっただろうけど、何をいまさらわたしがそうされなきゃいけないんだ。やめてくれ。そのかわり、あなたはとても気の毒だから、わたしはあなたを責めないよ。だから許してね。いや、あんたなんか知らん。

そんなふうに知らんふりをきめこんで、傷ついた自分にも気づかないでいました。

こいつかー。同性との人間関係において、こーんな複雑怪奇な母への想いを放ちながら居たら、そりゃぁ嫉妬も癒着も執着も不仲も呼び寄せるし繰り返すわ!

だから、近寄れなかったのよねぇ。親密になるのは怖かったのよねぇ。同性は怖かったのよねぇ。

というわけで、「わたしはわたし、母は母」「母は自分の人生を切り拓いて生きていてしあわせだ」というアファメーションをぶつぶつ唱える日々が始まりました。かつ、母に愛された証拠探し。ネタ帳にストックしては「世話になったよなぁ…愛されてたってことかぁ…」なんてこそばゆく思う日々です。でもまだ、ドガァと怒りが爆発しそうにもなるよ。

ともあれ。

「わたしはわたし」という自分軸に立ち、自分にある魅力や価値を認め、わたしは愛されてるよと声をかけながらそれを十分に受け取り、小さなわたしの悲しみを抱きしめ、青年壮年のわたしの悲しみに寄り添い、母の人生を感情的にたどりながら、母を許し手放していく。

この癒しが進めば進むほど、わたしは、わたしを応援してくれる女性と対等に接する中で「ありがとう!」と言えるようになるだろう。わたしは、わたしを教え導いてくれる女性と、互いを尊重し合いながら、成長を喜びあえるだろう。

そして。根本さんのお弟子制度に集まって来たたーっくさんの同性の皆さんとも、先輩の皆さんとも、安心して仲良くできるだろう(震え声)。

大丈夫。なるようになりますって。

しかし。もし仮に、ラスボスおかんシステムが発動して、見事、その型に嵌ってしまった(嵌められてしまった)ラッキーな方が起こってしまいましたら!その時はホントごめんなさい!先に謝っておきます!

願わくば、お互いに「やられましたな」とか言いながら健闘をたたえ合い、ノーサイド、相互依存への第一歩を踏み出すということで。。その時には、仲良く一緒にお茶が出来ますように。。

「あなたの気持ちはわからないけど、私はあなたが大好きだから、喜ばせたい!」と思って相手の距離感無視してガンガン行ってしまって玉砕する問題。

なんて素敵なツイートなんでしょう。もうね、ホントにそうだと思います。

そりゃぁね、嫌われてしまったら悲しいですよ。世界が終わったかの勢いで凹みますよ。食べ物はのどを通らないし、水分だってとりたくないし、体に力は入らないし、外出たくないし、化粧もしたくないし、身支度なんてどうでもよくて、ずっと寝てたいですよ。号泣できたらいいんですけど、最初はショックすぎて泣くに泣けないですしねぇ。

もうね、ホント寂しく切なく悲しい限りです。

それでも、ぼんやり「やることはやったよなぁ…」と思えると、後悔が残りにくいからか、涙にくれながらも「えらかったな、自分」って執着を手放していくことも、いくぶんかたやすいんですねぇ。いくぶんかね。つらいのはつらいのよ。でも大丈夫。しばらくゆっくり休んだら、ちゃんと動けるようにもなってくるし。そうしたら、「さて、わたしは『今』どうしたいかな。『今』何をしたいかな。」と、また、地に足をつけて暮らしてもいけるんですね。大丈夫よ。

とはいえ!

これが何度も繰り返されると本当につらいんですよね。ホントつらい。

片思い両想いの恋人に限らず、老若男女問わず尊敬する人とか憧れる人とか、そいうい大好きな人たちもいますね。ただ純粋に仲良くなりたいだけ。気の置けない会話がしたいだけ。楽しく笑顔で一緒に過ごしたいだけ。なのに、距離感がうまくとれず、バウンダリー(心の境界線)をあっさり超えて、相手のパーソナルスペースを侵してしまう。結果、「こいつヤだ」って顔されちゃう。ドン引きされちゃう。見事玉砕。

もうホンットに悲しい限りです。

それでわたしはどうしたか。まずは、「もっと話したい関わりたいと思うと相手の距離感無視してガンガン行ってしまう」と悲しみ嘆く彼女に宛てられた師匠の提案*1を、我がこととして実行あるのみ!でした。さすが武闘派女子。心意気が違うわよね。

「もっと本気で生きてみたらどう?」

頭で考えるよりも、自分の気持ちに素直に従って見なさいな

「うまく行くかどうか」よりも「やりてーかどうか」
「ちゃんとできるかどうか」よりも「やりてーかどうか」
「周りからどう思われるか」よりも「やりてーかどうか」

「しょうがないよね。それがYちゃんなんだもんねえ」
「それが私」「それも私」

ふだんから本気で生きてますか?
やりたいこと、どれくらいやってますか?
自由をどれくらい自分に許してますか?
笑ってますか?(たぶん、Yさんは笑顔がとても似合う女子のはず)
好きなことにどれくらい忠実ですか?

「解放」
「自分を野に放つ」
“安全な”取り組みとして、「仕事を本気でやってみる」

「もっと自由に生きていいんじゃない?」

やりたいことはやる。
好きなことは全部やる。
本気で生きる。

失敗するたびに、泣きながら何度も何度も読んで、何度も何度も「自分を許せてる?」「我慢してない?」なんて、わたし自身に声かけて。武闘派とはいえね、当初はホントつらかったです。

でも、許せる自分がどんどん増えてくると、つまり、日常におけるアホな自分の面積が増えて、そのアホさ加減に自分も慣れてくると、だんだんと「緩んでる自分がフツー」に感じられて来るんですね。だから最近のわたしは、なんだか肩がラクで、眠くてたまりません。ビクビク怯えて言いたいことも言えず、「気づいて」「察して」という欲求オーラ出しまくりの、重た~い自分を荷下ろし出来たからかもです。嬉しいことです。もちろん、夏の疲れが出ている季節だねぇとか、寒暖差もあるから秋眠暁を覚えずという感じかしらねぇというのもあるかもですけど。

どのくらいアホなのかというと、こんな感じです。音楽アカウントの方でも縦横無尽につぶやき倒しておりますぞ。
twitter.com

twilog.org

ブログ書いてないでどこ行ってるかと思ったら、ツイッターで、ああでもないこうでもないとつぶやいていたんですねぇ。ライブにも出かけたし。「やりたいことはやる。好きなことは全部やる。本気で生きる。」を、コツコツ実践していたんですねぇ。

ツイッターやSNSのありがたいところは、アホなわたしを面白がってくれるユーザーさんがいること。つぶやいたはいいものの、恥ずかしくて死にそうな気持になってしまった時、「いいね」があると、ホっと慰められます。(「いいね」には、執着しちゃう問題もあったりするのですが、そのお話はまた今度。)

「いいね」が0だと凹む問題も出て来るんですが、「わたしはわたしだしね」という自分軸で発信できるようになると、他の人が反応しようがしまいが気にならなくなってきます。大丈夫です。同時に、自己肯定感があがってくると、「わたし、よくやった」と自分を褒められこそすれ、もう自分イヤだと凹むことも少なくなって来ます。(そんな自分になれるよう、自分を鍛えるためにSNSを使う!というのも手ですが、それはこの修行が、つらいけども楽しい!好き!なら、やってもいいかなぁとわたしは思います。そうじゃないなら、無茶しないでね。)

それで次に、わたしはどうしたか。王道中の王道、本丸攻略です。人付き合いの基盤になっているお母さんと向き合う。ラスボスおかん問題に、いよいよ着手です。

めんどくさいですよねぇ。しんどいですよねぇ。でも、毎度繰り返してしまうとなると、やっぱりこれかー、どうしてもここを攻略しないといけないかー、なんですよねぇ。そうなんです。わたしは、大好きな人に向かって、満面の笑みで「大好き!」と言っても大丈夫な人、「安全な人」自己攻撃の無い人になりたいんです。わたし自身が自分に心地良い、自分を許せてる人になりたいんです。

というわけで、おもむろに開かれたのは、根本裕幸『敏感なあなたが人付き合いで疲れない方法』本*2。根本師匠、華々しく登場です!まえがきの最初の1文は「人との距離感がわからない」。なんということでしょう。心に刺さります。傷がえぐられます。すでに涙なしには読み進むことが出来ません。それでもわたしは持ち前の胆力で読み進みます。「なぜ相手との距離感がつかめないか?」の第1章から始まって、「あなたの人間関係をつくる母親の壁」第4章に突入です。

第4章の3節に、「母親から心理的に自由になる方法」が書いてあります。早速それに取り組むわけですが、これがまたしんどい。だって、「これまでずっと心の奥底に沈めて来た自分の感情」を「感じる作業」ですものね。

小さい頃の自分に返って、一つ一つ、母親のことを思い出す。あれがつらかったな。あれが嬉しかったな。小さいわたしの気持ちに寄り添う。当時の母の気持ちを想像してみる。さみしい。つらい。大変だったよね。いろんな感情が湧き上がる。お恨み帳もすぐ横にセットしておいて、怒り悲しみがあふれてきたら、罵詈雑言をガシガシ書きなぐる。30分ひたすら書き続けて一息ついたら、ノートをバリバリ破って、こなごなに千切って、くしゃくしゃに丸めて、ゴミ箱の奥にガッサーと沈める。

何度繰り返したかなぁ。

そうやって、少しずつ少しずつ、温かい気持ちが羽を伸ばしてもいいように、少しずつ少しずつ、わたしは、自分の心に余白をつくっていきました。

また道半ば、というか、わたしを産み育ててくれた母は、わたしという存在の基盤なので、その影響を拭い去って0にすることは出来ません。なので、おそらく、「母を手放す/許すワーク」は、濃淡を変えながら続いていくのだろうなぁと思っています。

え?そうなの!?影響は避けられないの?じゃぁもうわたしダメじゃん!絶望!なんて思わなくて大丈夫。小さなわたしの涙をぬぐってあげることの出来るわたし、あの頃の母の気持ちに理解を示すことの出来るわたしは、母と対等な「大人の女性」になっていくわけなのですが、そうすると、小さなわたしの見上げていた母もまた、ただの「おばちゃん」になって来るんですね。お互いに、対等になって来るわけです。こうして、お互いに「いいとこもあるじゃん」と思えるようになっていく。

これって、相互依存の人間関係になっていくプロセスですよね。

20年以上、会っていない母。今はまだ、会って話したいと思えない。どちらかというと、もう会うこともないかもしれないと思ってたりもする。それくらい、わたしの心の傷は深いらしい。それでも思う。どうなるにせよ、大丈夫だろう。自分を信頼して、流れに身をゆだねて行こう。そう思えている日々です。

母を許せた分だけ、母に似てる自分の容姿も許せる。母を許せた分だけ、母のような愛し方になってしまう自分を許せる。そして、復讐のために不幸せになることを選ぶ自分の癖も、手放せていけるだろう。

そうしたら、わたしは、尊敬する憧れる大好きな人の前で、とびっきりの素直な笑顔になれて、肩の力も抜けてすっかり自分らしく振舞えて、はにかみながら「こんにちは。こないだは失礼してごめんなさい」なんても言えるんだろうなぁ。

いいよね、そんなわたし。


追記:心の奥深くに沈んでいる問題(普段は意識されてない部分、無意識や潜在意識)に突然触れると、精神が不安定になったり、ダメージを受けることがあります。それは危険でもあります。なので、一人で取り組むのではなく、カウンセラーなどプロの手を借りることもまた大切です。是非、頼ってくださいね*3